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1 ドラマチックな相続紛争
相続紛争には、いろいろなドラマが伴います。
夫が亡くなるや折り合いの悪い長男から地方の家を追い出され、東京の三男の家に身を寄せた80代の女性がいらっしゃいました。私は遺産分割の依頼を受け一緒に飛行機に乗って田舎の裁判所に出かけることになりました。
足元のおぼつかないお年寄りでした。飛行機のタラップを私が彼女を背負って降りたことが懐かしく思い出されます。寒い季節に始まった遺産分割調停は、夏を超えて次の冬が来る前に解決しました。
親孝行な三男のいる東京に住むようになった彼女を、私はそれから暫くしてお訪ねしました。背を丸めて玄関口に出てこられましたが、私の顔を目にして、知らない人を見るかのように「どちら様でしょうか」と穏やかな顔つきで尋ねてきたのです。
つい先頃まで、怒りや悲しみ、嘆きの日々を過ごしていた気性の激しい気丈な方でしたのに、相続紛争が解決したら瞬く間に認知症が進行していたようです。
全ての恩讐を超えて、目の前に穏やかな表情でたたずんでいるお姿に私は静かに会釈しました。
100億近い遺産をめぐる相続紛争や、名門菓子店の経営権争奪を巡る相続紛争などもあれば、長男と同居していた住居一つだけを残して親が亡くなり子供達が分け方を巡って争った相続問題もありました。
実の娘が親元を遠く離れて音信不通になっていることをこれ幸いに、財産をもった老婦人の臨終近くになって突然、養子にはいり、遺産を奪おうとした甥から、これを取り返した相続紛争では、田舎まで出かけて初夏の畑道を歩きまわった記憶がよみがえります。
長年にわたり隠れて愛人をもっていた夫が、ガンの余命宣告を受けるや突然家を飛び出して愛人のもとに走り、すぐさま公正証書遺言を作成して全財産を愛人にあげてしまい、自分の葬儀に妻を呼ばないでくれ、とまで書き残しました。
このケースは子供のいない老夫婦だったので残された妻は一人放り出されたも同然でした。その遺言公正証書には、彼女の住んでいる家まで愛人に上げると書き残してあったのです。あまりに非情な相続紛争でした。
私は年老いた妻を励ましながら遺産紛争を解決しましたが、それにしても縁があって長年連れ添った夫婦だったのに、その終末にどうしてこんな悲劇が用意されていたのだろうかと、やりきれない思いがあとあとまで長く残りました。
相続紛争が原因で兄弟姉妹の間が決定的に悪化し、以後、没交渉になってしまう例も少なくありません。
2 紛争エネルギーの巨大であることが特徴
親の財産をめぐる争いは、骨肉の争いであるだけに激しく、互いに人生を賭けた総力戦となりかねません。随分、大げさな言い方をしていますが、決してそうではありません。
親子、兄弟姉妹の肉親感情は時に複雑、厄介なもので、それが相続問題をきっかけに全面的に吹き出し、収拾のつかない争いを引き起こすのです。
争いになる相続問題では、子供達にとって、これから先、自ら働いて手に入れることのできる財産の額に比べれば、どのように小さな相続でも分割を受ける金額の単位は数百万円台と大きな金額になるのが普通です。
ましてや都内の土地が含まれる相続では分割を受ける金額が千万円台から時として億の単位という体験したことのない高額になることもあります。
かくして親の相続問題とは、子供達がまとまったお金を手にする人生最大のイベントであり、金銭の欲得と兄弟姉妹間の感情が絡みあって紛争のエネルギーは否が応でも膨張する一方です。
争いごとはどのような種類であれ、抱え込んだら骨が折れますが、親の財産をめぐる相続紛争はとりわけ神経にこたえる争いの一つなのです。
3 親の身近にいる子供が有利
親の身近にいる子供、親と同居したり世話を焼いていた子供は、親と離れて暮らしていた子供よりも、相続問題では何かと有利です。
親の財産にどのようなものがあるのか一番良くわかっているのが親の側にいた子供で、親の面倒を見ていた子供が親の財産の一部をすでに自分の手中に取り込んでしまっているケースなどはよく見かけます。
相続紛争の初戦から最後まで続くのが、遺産分割の対象となる財産探しです。
親の財産探しで紛糾する代表的なものは、親が生きている間に、親の周りにいる人間によって引き出されたり解約されてしまった預貯金、処分された有価証券の代金などの行方です。
このような過去の親の財産探しは取引銀行、郵便局、証券会社などから過去の取引履歴を取り寄せてその分析をすることで調査します。
相続開始時に存在する財産だけではなく、生前に使われてしまった預貯金、処分された有価証券などを調査、整理して、それを遺産分割にあたって反映させることはかなり大変で、このあたりは弁護士の苦労するところです。
4 法定相続割合の分割では納得できない
分割すべき財産のあらましが明らかとなったところで、今度は、具体的な分け方の話しが始まります。
法律は兄弟姉妹はみな平等と定めていますが、相続開始時に存在する遺産の平等分割で解決するかといえば、おいそれとそうは行きません。
自分は親の介護をしてきた、長年にわたって同居し親の面倒を見てきた、兄貴は生前に親から家の建築資金を出してもらって得してる、妹も結婚式の費用を出してもらって得してる、だから残っている財産の単純な平等分割では納得できないと文句がでて遺産分けが紛糾することはよく見られます。
5 分割できそうにない財産の分割
それでも、相続財産が預貯金や株式等の分割可能な財産であれば良いのですが、唯一の財産が土地であり、その上に長男と亡くなった父親の共有名義の建物が建っているような時は、遺産をどのように分割したらよいのか、甚だ難しい問題です。
この様な分割しにくい種類の財産については分け方だけではなくその評価をめぐっても争いが起きます。
6 遺言書は紛争解決に役立つか
子供達が親の財産をめぐって喧嘩にならないよう、是非、遺言をしましょう、遺言を作るなら公正証書にしておくのが良いです、といったことが広く言われています。勿論、遺言書を作成することは望ましいです。しかし、それで将来子供達の間に相続紛争が起きない保証はありません。
紛争にならないような分割内容の遺言書であればよいのですが、そうでなければ不満を持つ相続人から、遺留分減殺請求権という権利が行使され、紛争になることもよくあります。
自分にとって納得のいかない内容の遺言公正証書であれば、子供は、親が無理矢理書かされた遺言だとか、親が心ならずも仕方なく書いた遺言だとか言い出して容易に受け入れようとしないことは幾らでもあります。
昔、一念発起、親心で遺言書を書き残しておこうと思い立ち、内容を考え始めた高齢者がいらっしゃいました。ところが、どのような分け方に決めても、子供達の間に不満が出てしまうことが心配になり、結局、ご自分の死後に、子供達で話し合って良いように分けてもらおうと腹を決め、遺言書作成を断念してしまいました。後日子供達の間で紛争が起きないような遺言書を書き残すことはそれほど難しい仕事なのです。
高齢者で認知症が認められるようなお年寄りの書き残した遺言書では、例え遺言公正証書であっても無効であるとの争いがおきることもあります。現に裁判で無効を言い渡された遺言公正証書の事例が珍しくなくなりました。
ですから高齢者で認知症の気がみられるようになった方の遺言書作成にあたっては、ご本人の精神、心理、健康の面で問題がないことを後日、証明できるように医師から診断書をいただいておくことが大切です。
7 相続に伴う税金問題を忘れないように
遺産分割にあたっては相続税が発生するケースか否か、どのような分割にすると相続税を低く抑えることができるのか、など税金のこともよく考えておかなければなりません。因みに、遺言書を作成するときも相続税対策を考慮しておくことが大切です。
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