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婚約という言葉を聞いてどのような印象を持たれるでしょうか。
喜び、晴れやか、おめでた、華やぎ、等々手放しで祝いたくなるようなうれしい響きがあります。
しかし、その響きの中に少しだけ危うげなもの、一抹の不安のような、何か言葉にするには躊躇しますが、一点の曇りもない完全な状態とは少し違うニュアンスが含まれています。
婚約は結婚をしましょうという約束であり、結婚そのものではありません。約束が守られなければ結婚に到達できません。婚約の約束は守られるかどうか、それこそが、これから説明する婚約破棄の問題なのです。
1 婚約から結婚までの地雷源
婚約は文字通り結婚しましょうという二人の約束です。
両家の顔合わせ、結納、婚約指輪の交換、親戚、友人知人へのお知らせ、式場選び、披露宴の打合せ、新居はどこにするか、新婚旅行はどうするか、これらに要する費用をどのように出し合うかなど、婚約から実際の結婚までにはやるべきことが山ほど有ります。
現在はあまり格式張らない例が多くなっていますが、それにしても婚約から結婚までの間には大なり小なりこれと似たような行事が行われます。
順調にいけばこれらの諸行事は、その都度、厳粛な気持ちを強め、新たな喜びと二人の結びつきを一層深め、両家の交流を緊密にして行く大切な手順なのです。
しかし見方を変えれば、両家の考え方や作法、しきたりの違いが火花を散らす危険性を帯びた場面であり、最悪の場合は結婚を吹き飛ばす地雷源にもなりかねないのです。
ですから、これらの諸行事は婚約した二人にとってゴールの結婚までに立ちはだかるハードルともいえます。
お金のこと、両家の流儀、両家のものの考え方や価値観、両家の人柄などが、もろに交錯しぶつかり合うのが婚約から結婚までに執り行われる一連の諸行事なのです。
お金の負担を巡る行き違いや争い、物事のやり方やこだわりの違いを巡る衝突は、最初は小さな火種だったものが時間と共に大火となり大事に至ることがあります。
結婚を約束して幸せの絶頂にいたはずの二人は、荒波にもまれる小舟のように翻弄され、いつしか信じ合っていた心に亀裂が入り、とどのつまりは結婚がご破算になってしまう危険が、婚約後の諸行事には常に内在しています。
婚約が双方納得の上でご破算になるのであれば問題はありませんが、一方から他方に結婚解消を突きつけてご破算にした場合は、突きつけられた側が黙ってはいません。
本人のショックや嘆きは言うに及ばず、親としては可愛い娘(息子かも知れません)の嘆きを見るに忍びず、また面子をつぶされた怒り、親戚縁者などに顔向けできない恥ずかしさ、悔しさ、その他婚約破棄がもたらす害悪は山ほど有ります。
2 婚約破棄と法的責任
婚約の不当破棄を理由として相手に損害賠償を求めることは可能です。
現にその責任を認めた裁判例も集積されています。この場合、責任を問われるのは原則として婚約破棄をした相手方ですが、婚約破棄について相手の親の介入がひどければ、その親の損害賠償責任が認められることもあります。
しかし婚約の不当破棄をされたからといって、相手の法的責任を追及することが傷心の婚約者を救済するのに望ましいかどうかは別問題です。
話し合いで相手が責任を認め、相応の金銭を支払うこともあれば、裁判にかけなければ責任を認めない場合もあります。
ひどい時は判決で責任が認められたのに、それでも自発的な支払をしないため、勤務先を見つけて給料を差押え毎月分割で支払わせてようやく回収ができたというケースもあります。
弁護士に頼んで相手の責任追及をするためには、これまでの経緯を弁護士に分かってもらわなければなりません。
そのためには婚約破棄をされた傷心の婚約者が、相手との関係等についてプライバシーの隅々に至るまで説明をすることになります。
このことは婚約の不当破棄で傷ついているご本人や親御さんをさらに苦しめることにもなりかねません。
依頼した弁護士が相手と交渉や裁判を始めますと、非道な相手から聞き捨てならない悪口雑言やこちらの人間性を冒涜するような言い分さえ出てきかねません。
婚約の不当破棄に対する責任追及をするためには、相手方からのこのような言葉の暴力に耐えなければなりません。
相談を受けた弁護士としては、ご本人やご両親の心身の健康にまで気を配りながら相手と戦えるだけの精神力、健康状態が保てるかどうか、大変気になってしまうところです。
もっとも、当事者にとっては婚約の不当破棄という理不尽な事態を放置することになれば、やられっぱなしの悔しさが、さらに心を悩ませ苦しませます。
戦うも地獄、戦わざるも地獄、一体どうしたらよいのか混乱の極みで弁護士に相談にいらっしゃることが、この種の相談の特徴です。
3 弁護士の聴き取り
婚約不当破棄に基づく責任追及のご相談は、その他の法律相談と同様に、まず事情を詳しくお聞きするところから始まります。
ご本人や親御さんの怒りの言葉の数々をお聞きしながら、その感情に共感しつつも、感情的な話に流されず具体的な事実を聞き出すことは結構大変なことです。
事情をお聞きする過程で弁護士は相談者の安心感、弁護士に対する信頼感が形成できるように特別、気配りをします。
弁護士の言葉や態度、物腰が、傷つききった相談者の心をさらに傷つけかねない大変デリケートなご相談だからです。
弁護士の関心は、結婚の約束があったと裁判所に認定してもらえるだけの事実が揃うかどうかに向かいます。
例えば誕生日に、スカイツリーの見えるホテルのラウンジで、2人きりで食事をして、そのときに婚約指輪と称して宝石をもらったとします。この程度の事実だけで婚約が認められるかと言えば、けっこう難しいです。
結婚の約束が成立したと言えるためには双方の両親を含め、当事者以外の第三者も結婚の約束があったことを認識していたという事実が欲しいところです。
しかもその第三者の認識は、何か形を伴ったものであることが望まれます。結納がその典型ですが、友人知人を呼んで開いた婚約パーティーや、結婚準備のために家具屋にいって家具の注文をしたなども有力な材料となります。
ところで、不当に婚約を破棄しておきながらとんでもない暴言を吐く人物の例がありました。
曰く、「大人の男女の間に騙しあいがあって当たり前。男は気に入った女と遊びたいから、その気を引こうと、結婚の約束を口にしたり、気を引くようなプレゼントをするのであって、女だってそんなことは百も承知で男からのサービスやプレゼントをもらっている。リップサービスやプレゼントは男女の駆け引きで、遊びを楽しくするプレイの類。10代の娘ではあるまいし、結婚の約束を真に受け、本気で結婚を期待したなんて馬鹿げてる。」
女性を冒涜するとんでもない暴言です。さすがに裁判所もこのような男性は許しません。慰謝料支払いを命じて当然です。
4 慰謝料の額
慰謝料の額は100万から300万くらいが一つの目安です。結婚式場のキャンセル料金、既に購入してしまった家具調度品等の取り扱い、婚約指輪や結納金の取り扱いなど慰謝料以外にも金銭的な問題が伴います。
先程も申しましたように婚約破棄の訴訟はご本人にとって精神的に大変辛いものがあります。ですから、それをこらえてでも、やるべき価値のある裁判なのかどうか、この判断はとても難しいです。
なお、話し合い解決を目指して交渉することもありますが、裁判をしてでも相手の不正不当を追求するという強い気持ちがないと、交渉自体もなかなか思うようには展開しません。
5 婚約破棄の責任を追及する意味
婚約破棄された後も当然のことですがその方の人生は続きます。ですから、これからの人生を出来るだけ速やかに、できるだけ滑らかに再スタート出来るようにする上で、婚約を不当破棄した相手方に対する責任追及がプラスなのかマイナスなのか、弁護士はご本人や親御さんといろいろな話をしながら、一緒になって考えます。
その結果として、責任追及をやるべきだと判断する場合もあれば、早く相手との関わりを断って、自分を取り戻し、元気を回復して普通の生活に戻るべきで、相手の責任追及は百害あって一利なしと判断することもあります。
婚約の不当破棄という被害を受けたご本人と親御さんにとって、相手の責任を追及するかどうかを弁護士と話し合う第一の意義は、ご本人の気持ちの整理を図ることにあります。
人生の再スタートのためには、何が何でもご本人に元気を取り戻してもらわなければなりません。
そのためには、悔しいこと悲しいこと、周囲の目に対する不安、将来に対する絶望や恐れなどを語り尽くすことが大切です。
そうすることで、ご本人自ら、心と頭の整理をして辛い現実に立ち向かえる自分を取り戻すことが可能となります。
悩みや苦しみを胸の内にしまいこむことは解決にならないばかりか、時として心の状態をますます悪化させ、健康を損ねてしまうことになります。弁護士に相談して、一刻も早く、元気を取り戻す手がかりを掴んで欲しいところです。
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