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1 契約と契約書の作成

取引に契約はつきものですが、契約書のない取引も沢山あります。発注伝票、納品伝票など伝票処理だけで継続的な取引が行われているケースも沢山あります。

取引を行うのであれば書面による契約書を作成することが望ましいです。しかし実際の取引現場ではお互いが書面による契約書作成に馴染みがないため、契約書を作成するという発想もなければ、契約書の作成を要求すること自体が取引の円滑を損ねかねない場合もあります。

書面がなければ契約の存在を認められないというわけではありません。口頭の約束でも、約束したことや、その内容が証明できれば(書面がないだけにこの証明は大変難しいです)、契約としての効力を主張できます。

また改まって約束事といったやりとりはされていなかったとしても、トラブルが起きた場合に、裁判所は、積み重ねられてきた取引の実績、実情を踏まえて、一定の内容の契約を認定する場合があります。

契約書を作成しないにしても、いざとなったら契約内容は、かくかくしかじかだ、と主張できるように、常日頃の取引において、受発注伝票やそれらを送付するFAX、メール、郵便などの送付状に、契約内容を主張できる手がかりとなるメモや記載をしておくことも有効な防衛方法です。

2 紛争防止と契約書

契約書が存在すれば紛争予防の効果があると一応はいえます。「一応は」と留保を付けたのは、どれだけ立派な契約書を作成しても紛争予防にはならないことがあるからです。

一番始末が悪いのは、都合が悪くなれば平然と契約を無視する人々や会社があるという現実です。

また、契約書は、どれだけ周到に考えて作ってみても、条項の意味合いに幅や広がりが伴い、どのように解釈するのかという曖昧な要素が残ります。そこを捉え、自分に都合良く解釈して主張し、その結果裁判になっても構わないそのときは受けて立つ、と裁判を嫌がらない相手もいます。

このような手合いを相手にしたら、どれだけ立派な契約書を作成していても紛争は避けられませんし、トラブルから生じる損害を回避することもできません。

立派な契約書に基づいて裁判を起こし、勝訴判決を取ったとしても相手が無資力であったり、差し押えできる収入がない場合は、どうにもなりません。

取引が欲しいあまり、「取り込み詐欺」や無責任な相手と取引した場合は、しつこいようですが立派な契約書を作成していてもリスク回避の役には立ちませんから気をつけてください。

取引をめぐる紛争回避のポイントは、信頼できる相手と十分話し合って取引関係に入ることであり、この点を疎かにして契約書案文作成にばかりに目をやっても効果的なリスク回避にはなりません。

取引をするかどうか、どのような取引をするか、契約書の内容をどのようにするか、これらは一体となって考えるべき事柄で、立派な契約書の作成だけが一人歩きするものではありません。

3 取引の展開を予測する想像力の重要性

商取引を対象とする契約書の作成は弁護士にとって、もっとも難しい仕事の部類です。

取引は実に様々な内容のものがあり、土地建物の賃貸借契約書とか金銭の貸し借りの契約書のように、一見、定番ともいえる契約書の作成でも、なお難しい事が沢山あります。

ましてや入り組んだ取引や将来の展開予測が難しい取引の契約書の作成となると、取引それ自体を理解するために依頼者から相当程度のお話を聞かなければなりません。

依頼者と相手方が、互いにどのような取引関係となることを想定しているのか、この点で双方が必ずしも一致するとは限りません。このあたりをどのように理解把握するかは大変重要です。

契約書作成にあたっては、依頼者が絶対に獲得したいプラスのこと、依頼者が絶対避けたいマイナスのこと、この双方を十分に把握して文章を作成しなければなりません。

弁護士が依頼者から上手に十分な話を引き出せないと、行き届いた問題点の掘り起こしができません。

周到な契約書は、万が一、先々に起きるかもしれないトラブルの内容を想像し、それに備えた条項を準備することで初めて可能になります。契約をめぐるトラブルは、しばしば、思ってもみなかったきっかけや出来事から起きてくるものなので、ここでいう想像力が大変重要となってくるのです。

ですから、弁護士は、依頼者とあれこれ色々な話をしながら、起きうる事態を精一杯想像してみることが必要です。

抜かりのない周到な契約書を作ることができるかどうかは、依頼者と弁護士が、予定されている取引について様々な観点から質問や意見の交換を繰り返して深く検討を行い、気が付いていなかった問題を発見したり、疑問や不安を見つけること、つまり「気づき」や「発見」が十分にできたかどうかにかかっているのです。

このようにして契約の全体像が把握できてのち、初めて契約文言の文章化に進みます。

世の中には契約書の雛形を載せたハウツー本が山程出回っています。勿論、ハウツー本は役に立ちますが、参考程度にして、「気づき」と「発見」の作業を通じて、十分考え込まれた契約書を作らなければなりません。

4 生きた契約に取り組む弁護士

当事者間で契約書を作り、それに従って取引を進めていたつもりなのに、契約違反だと非難され、突然、紛争になってしまうことがあります。

それは、契約書でカバーできていないところがあったり、契約の趣旨が曖昧でお互いの理解が異なっていた場合などです。

そのような時に、弁護士は、契約書作成に至る事情や、その間のやりとり、取引内容やそれまでの取引実績、取引で互いに得た利益の比較、取引に対するお互いの期待感や都合など、集められるだけの関連事実を集めてきて依頼者の主張を法的に組み立てます。

このように材料集めをしながら、依頼者の言い分を組み上げていく作業をしておりますと、契約が生き物のように見えてきます。

と申しますのは、契約書に書かれた文言だけでは取引のダイナミズムがわからないのです。取引の実績が積み重なっていくに従って初めて契約書の文言の意味合いが立体的な姿形となって、明確な意味を表すようになるからです。

だからこそ、契約書を作成する段階で、これから始まる取引の内容やその後の展開を、できるだけ生き生きと、具体的に、細部にまでわたってイメージすることが大切で、かくして初めて行き届いた契約書を作ることが可能となるのです。

弁護士は機会があれば貪欲にビジネスの話を聞き、新聞雑誌などの記事も疎かにせず、絶えずビジネス感覚を磨き、ビジネスの実情に通じるように努めています。そうしないと依頼者との会話が成立しないからです。

それにしても、契約書作成や、契約を巡るトラブル対応にとって、一番大事な情報源は依頼者の話です。
依頼者からお聞きする話を深めて、先ほど述べた「発見」や「気づき」に到達できるかどうかは、弁護士の知識や経験もさることながら、その好奇心と想像力の大きさにかかってくるように思います。